令和8年4月に行った佐渡は、史跡金山が有名な場所。その金山の施設の一部ともいえる北沢浮遊選鉱場に行って来ました。
北沢浮遊選鉱場の基本情報

北沢浮遊選鉱場跡
住 所:新潟県佐渡市 相川北沢町 3-2
営業時間:24時間
入場料:無料
駐車場:普通車30台/ 大型バス3台 無料

この北沢地区は、明治期に佐渡金山の本部組織にあたる「御料局佐渡支庁」が置かれて、佐渡金山の一大拠点となり、金銀生産ラインの最終工程になる製錬所や選鉱場が作られたそうです。
昭和12年の日中戦争開始に伴う国策の増産体制の一環として、施設の大改修が行われ、昭和27年までここの施設が使われたそうです。
駐車場の状況

普通車が30台は停められる駐車場があります。
利用料も無料なので、ゆっくりと施設を見学することができます。
トイレの状況
写真を撮り忘れましたが、駐車場にトイレがありました。
私達が訪問時も、利用できました。
北沢浮遊選鉱場跡の観光所要時間

施設が一か所にまとまっており、だいたい15分~30分の間で、見学できる場所に思います。
私達は、ゆっくりと見てまわって、約20分くらいでした。
北沢浮遊選鉱場跡の観光ポイント
北沢浮遊選鉱場跡は、濁川を挟んで、両岸の斜面に、工場群跡と選鉱場跡があります。
北沢浮遊選鉱場跡

こちらが、よく写真で見る場所になります。
見学は外から見る形で、建物の前に柵があります。建物の中に入ることはできません。

大きな施設で、粉砕した鉱石を特殊な薬品を加えた水槽の中で浮遊させ、泡に吸着させて回収する選鉱法を行っていました。
当時の最先端技術だったらしいです。

今はコンクリートの躯体だけが残り、ツタや草に覆われて、何とも言えない雰囲気を持っています。
戦争を背景に大きく発展し、戦時中の無計画な乱掘により衰退した場所。
「佐渡のラピュタ」と言われているそうですが、納得の風景です。
50mシックナー

こちらは昭和16年(1941)に完成した直径50mの沈殿槽。
相川の河川は水量が少なく、工業用水の不足が問題となっていた。
工業用に使用する清水確保するために、水と泥を分離するための装置として建設された。

近くで見ると、大きい!
何本ものコンクリートの柱が今もこの躯体を支えているんですね。
ちょっとローマの遺跡のような雰囲気もただよいます。
コンクリートの柱にまとわりつくツタの枝が、徐々にこの建物を占めていきそうな感じがします。
鋳造(ちゅうぞう)工場跡

北沢浮遊選鉱場跡に目が行きやすいですが、ここには、木工工場や、鋳造工場などもあったそうです。
鋳造工場は、木型工場で組まれた木型をもとに作られた鋳型へ、溶けた金属を流し込み、機械部品を製造する施設。
今は、鉄を溶かすためのキューポラ(溶銑炉)が残っていました。
「キューポラのある町」という古い映画があったけど、このことだったのかな。
(映画見てないので、今度機会があれば見てみようかな…)
北沢火力発電所発電機室棟

明治41年(1908)に完成した佐渡最初の火力発電所。
発電機室棟のみ残っている。レンガ造りの建物内には、タービンと発電機が設置されていた。
北沢浮遊選鉱場跡の感想
北沢浮遊選鉱場跡は、行く前には廃墟のイメージしかなかった。
けれど、実際に見学し、案内板を読みながらまわると、明治時代から昭和にかけて、時代が変遷する中で、戦争を背景に急激に稼働し、無計画な乱掘により衰退するという、この場所の持つ歴史もわかりました。
それを心に置きながら、あらためてこの廃墟を見ると、なんともいえない気持ちがわきあがる場所でした。
きらりうむ佐渡や金山を見学し、相川の町を歩き、北沢浮遊選鉱場を見る。
その中で、江戸や明治、昭和というこの土地の持つ生活や歴史を感じることが出来る場所でした。

北沢浮遊選鉱場跡の見学の前に「きらりうむ佐渡」で金山の歴史を見ておくと、この場所のこともよくわかるよ。
廃墟好き、巨大建造物好きには、とっても刺さる場所だったよ。
衰退具合がとてもロマンを感じさせるよいところだったよ。
佐渡旅の参考にしていただければ幸いです。
ではでは、また‼
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